品よくサバイバルに子育て―子供をよりよく育てる理由

子供は 当たり前ですが この世に生まれてきたときには 何もかもない 白紙に近い状態で来るといわれています。

まあ胎教とか言うこともありますが およそこれから住む社会への順応力は ないとおもわれます。

そこで 親や周りのひとが 教育していくのが子育てなのですが その質の良しあしで 人生のすべてが決まっていくことになると 私は感じています。

持って生まれた才能とかも教育のいかんによっては 花開くことがないかもしれない。そして 開きかけても 何らかのトラブルで つぶされたりそのまま しおれてしまうかもしれない。

そんなことって 本人にも社会にも損失であると 大人は感じなくてはならないのです。

ほんとに当たり前ですが 子育てとは 大人を作っている クリエイティブな 作業なのです。教育の良しあしで 出来上がりが変わって その先の社会構成の良しあしすら変わってしまうんですから。

以前、イギリスで ブレア首相が ”教育、教育、教育”と 何より大事と演説で いったことも、 マララさんが ”本とペンを”といっていたのも ほかにも女性一人に教育をきちんとほどこせば 家庭全体にその影響が及ぶといわれていることも皆、おなじいみですね。

そして 教育とは 学校のみで されるものではないのです。

学校のは 学校教育で 家庭で 身近な大人が ほどこすのが 家庭教育です。

海外では 宗教教育なども 結構重要視されていますが 日本は 一応宗教は 脇に置いて 考えているようですから、 外しておきます。

この 家庭教育部分が 特に おろそかになると 大人の質が下がってきます。

子供は 成人するまでは 保護者が せきにんをもって 教育をするものです。

今の子供たちは 昼間は学校で 夜は塾で 家で 大人と過ごす時間が 少なくて なんだか忙しそうですね。

でも よく注意してください。塾や学校では 家庭教育の部分は してもらえないません。

あくまで、学校は 机の上のある意味 専門的ともいえる勉強を 教師から習ったり、人間関係を経験する場所なのです。

人が、行動していく上で 大切なことや 生きていく上の細かい技術などまで 家庭で 教えなければならないのです。

ですから 大人も かしこくあるひつようがありますね。

でも、それ以上の 教えられない部分を子供が 体験し、吸収するために お稽古ごとに行ったり、あとは とにかく本に親しむ癖をつけなくてはなりません。

塾では 受験に必要なことしか習わないそうです、私は自分も子供も塾に行ったことがなくわからないので、 医薬系受験経験者のパートナーと塾の受付の仕事をしていた友人からの話で そう聞きました。

特に、パートナーは 何も知らないことを痛感することもあって教養を付けるのは自分の努力が必要だと思ったといっていました。

勿論、数学も国語もとても大切ですですが それを 学ぶときに 必要なのは

例えば答えを求める数式をいろいろ、覚えることではなくその数式の 意味を理解していることなのです。

その辺で 技術しか教えない日本の受験向け教育で 教養のない大人が育ってしまうと思います。

フランスのバカロレアという 大学入学資格をもらえる試験がありますが、ここでは 哲学の論文形式の問題があり、フランスの子供は 高校で 必ず哲学をまなぶので 受ける子供は この論文をかけるそうです。

今の日本の高卒の子供で 哲学論文かける子供は 居るでしょうか。

私はずっと私立で 教育を受けましたが それでも哲学はありませんでした。

日本の教育制度の 上っ面だけなところしか教えないシステムで 育った 大人が 世界で通用しにくくなっているのが よくわかるような話です。

英語にしても、アジアのインドネシアやフィリッピンなどの 国自体が 裕福とは言えないところでも ちゃんと多くの国民が 英語を話すから 海外に出稼ぎに行っています。

日本人は 海外に出稼ぎにすらいかれないですね。

英語が話せないから。

勿論、話せる人もいますが殆どの方は 学校を卒業しただけでは 話せるようになりませんよね。

先日、のったクルーズ船のイタリア人の若いスタッフは 英語を話しましたが 高校を卒業してすぐ 船に就職したといっていました。

まあ、お客のほうは ワン、ツーもわからない人もいましたけれど。

英語だけではなく、すべての世の中の知識をどんどん、吸収していくことは 子供の成長上、とても だいじで それも 無駄のない質の良い知識を いれるように 子どもを仕向けなくては なりません。

ですから、 小さいころから 育てる大人が うまく 方向付けをしなくてはならないのです。

自分が なにか どこかの方向を 向かされていると子供が 感じるようではだめなのです。

ちゃんと小さいころから 本人がそっちへ向くように向くように うまく修正しながらやっていくことが 大事です。

ですので 、私はもし 余裕があるのなら 特に小さいころは 親(もしくは育てる大人)が 手元で 方向を付けられるようにしてほしいと思います。

勿論、大人自身も 自分の生活などを きちんとしなければならない。

親のふり見て子は育ちますからね。

どの、生物も 子育てにかけては 結構、重要視しています。

人間だって、質の良い人間を育てるには多少の努力や 自己犠牲が必要です。

上手にしなければ その犠牲も無駄になりますから 手をかけていきたいものです。

それでも 子どもは 一つの人格で 育った暁は 1個人となりますので 何か、違ってくることもあると思います。でも 白紙に近い赤ちゃんにきちんと 書き込んでおくと それが 基礎になるので そんなに おかしなことには なりにくい。

100%OKとは 言えません。

私も 良い婿が育てたかったのに 息子は 1バツとなってしまいました。

でも そのうえでの責任は 果たしているようで 良かったと思っています。

子供を育てるときは 無我夢中とか言いますが けっして そうではなくそう見えても 内心は ちゃんと高いところから みおろして 上手に操作したい。

そうして 質の良い大人を育てていくと 子どもも その先に 持っていたものを 開かせることができると思います。

40歳前後に持つと子供は ぺナルティなる記事を ネットで見ましたが それは大変かもしれませんが ぜひ、そこまでの 大人の経験を生かせる クリエイティブな しごとと受け取って 大人な子育てしてもらいたいですね。

エネルギーはいりますが、知恵は若いころより 豊富なはず。

新しく得た プロジェクトとして 向き合って 良い子育てしてくださることを 願います。

どちらにしても 子育ては 大事業。とんでもない投資ですが 良ければ良い結果を生んでくれますから ともに 結構となれるようにしたいですね。

家庭教育で クオリティの高い大人を作れることを 確信しています。






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